ウィリアム・ジェームズの見解は
ウィリアム・ジェームズの見解は両義的である。彼は「倫理的根拠」にもとづいて自由意志の実在性を信じるいっぽう、自由意志の実在を確証する科学的根拠にもとづいた証拠はないと考え、また、自分自身の内観も自由意志を支持しない、とした。さらに、ウィリアム・ジェームズは、人間に関する非決定論は道徳的責任の前提要件であると信じる理由で、非両立主義を受け入れなかった。彼は著書『プラグマティズム』において、形而上学的理論を考慮せずに、次のように書いている。「性向や効用は、人間たちの間で、刑罰や報酬に関する社会的任務を全うするにあたって、安心して信頼し得るものである」[17]。彼は、非決定論が救済に関する教えとして重要であると信じていた。この教えは、世界が多くの点から見て悪い状態にあるにもかかわらず、個々人の行為を通じて、よりよい状態になり得るという見方を許容する。決定論は、彼が論じるところによれば、進歩は世界の改善に繋がる現実的な概念であるという考えである進歩主義を破壊してしまう。
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ハリー・フランクフルトやダニエル・デネットのような現代的な両立主義者の主張によれば、強制された行為者が、その強制が行為者の個人的な意図や欲求と一致するがゆえに依然として自由であるという場合がある[19][20]。特に、フランクフルトは、ヒエラルキーの網と呼ばれる両立主義を提唱した。この考えによれば、個人は、互いに矛盾する一次的な欲求を持つことができ、これらの一次的欲求に関する欲求(二次的欲求)というものを持つこともできる。